ランダムショット

横浜中心部には数多くのモニュメントが置かれている。 新旧大小材質、立てた人や団体も様々、滅多なことでは気づかないものもある。

見てなるほどと思うものもあれば、だからどうしたと言いたくなるようなものもないではない。 もっとも、それはそれで逆に面白い時もある。

何かを記念しておくというのも、なかなか難しいことのようだ。

山下町の大砲   中村川   打越の湧水   牛坂   日本メソヂスト教会起源の地の碑   地蔵坂   小坂   山手隧道   大丸谷坂   厳島神社   バンドホテル   ムジナ坂   聖坂   見晴トンネル   諏訪町のビール井戸   キリン園公園   北方皇大神宮   グロブナースクエア   アメリカ坂   滝の川   高札場   浅間神社   天神坂   厳島神社   日本ガス発祥の地   神奈川県警察本部   桜木町駅前   久保山墓地   大原隧道   東隧道   柏葉公園   善行寺   根岸米軍施設   六地蔵の坂   東福院   錦町   かもめ町

ご紹介するとかご案内するなんとかではなく、こんな所もあるよ、こんな写真を撮っちゃった…というだけのものを並べてみました。 中にはなかなか悪くないところもあるのですが、それぞれなんらかの理由で散策のお勧めはしません。

綺麗なものはある意味それだけで良いのですが、そうでないものは、せめてなんとかアーティスティックに撮りたかったのですが成功していませんね。

写真をクリックすれば、もう少し大きいサイズが表示されます。

山下町の大砲

掲示された碑文によれば、民間企業の社屋新築時に発掘されたもので、ペリー来航時に警護を命じられた松代藩の軍議役だった佐久間象山が持ち込んだものの、これに驚いた幕府の厳命に逆らいきれず止むなく埋めた物らしいとのこと。 佐久間象山と言えば神奈川開港を当時寒村だった横浜の地にすべきことを建言した人の一人として知られ、野毛山公園に顕彰碑も立っています。

中華街外れの裏道といった感じのシルク通り、ロイヤルホールの裏手あたりにあります。 日米和親条約締結の地とされる横浜開港資料館の辺りからも、いくらの距離でもありません。 発掘されたのが昭和35年と読めますが、野晒しというか道脇に目立つことなく静かに並べられています。

中村川

元町の裏、山下町(中華街)との境を流れる中村川です。 自然の河川ではなく、幕末に外国人居留地などを出島状態にさせる目的で掘られたものです。

高速道路にのしかかられた小さな川で、とても綺麗とは言えませんが、時により案外な表情も見せてくれます。

打越の湧水

打越坂の下の方、猿坂の登り口のあたりにあります。 関東大震災や大空襲の時に、この湧水で多くの人が救われたという碑文があります(現在は飲めません)。

打越坂には大型車両が沢山停車していることがありますが、この湧水を汲むのも目的のひとつのようです。

牛坂

石川町5丁目から打越へ、少しだけくねりながら急激に登る坂です。

これだけ急な坂で結構車も通るというのは珍しいような気がします。

日本メソヂスト教会起源の地の碑

山手本通り沿い、山元町近くの山手町の端の方にあります。 余程注意していないと見逃してしまうほど目立たない碑です。

しかしよく見ると、つつましく無骨な中にも風格が感じられ、なかなか味わいのある碑だと思います。

地蔵坂

緩く蛇行しながら上の方に行くにつれて急になる坂です。 下と上にそれぞれお地蔵さんが居ます。

五叉路になっている地蔵坂上では、道に迷う人が多いようです。

小坂

地蔵坂の下の方からイタリア山庭園の脇までほぼ真っ直ぐに登る階段です。

途中踊り場もないに等しく、ほぼ同じ調子の階段が続きますので、登るにも降りるにもなかなかたいへんかもしれません。

山手隧道

この写真は本牧通りが元町の脇を抜けるトンネルを、麦田町の方から撮ったものです。

手前はトンネルというより橋で、桜道橋といいます。

大丸谷坂

イタリア山庭園から下側の大谷丸坂に抜けてきたことろの風景です。

なんのことはない、モデルルーム公開に伴う飾り付けだったようです。

厳島神社

元町の裏、山手の崖沿いにあります。 裏道(仲通り)から脇に鳥居をくぐると小さな広場で、地元の子供達が遊ぶ公園のような形になっています。

小さな神社で、元町という場所柄から意外にも思われますが、御神輿の出るお祭りも行われます。 右側の写真は例大祭の日に舞が奉納されているところです。

バンドホテル

丁度前を通りかかった時、バンドホテルが閉鎖・売却されるというニュースを聞いた直後だったのでともあれ1枚。

ホテルニューグランドとはまた別の面で由緒ある有名なホテルでした。

ムジナ坂

港の見える丘公園神奈川近代文学館の脇から新山下に降りる坂道で、整備された公園から一転して草茫々となります。

新山下の埋め立てが行われる前はこの崖が海岸線で、海水浴客が登り降りした階段だそうです。

聖坂

見晴トンネルの本牧側から山手町の高台へ登る、これもまた相当に急な坂です。 その昔は狸坂と呼ばれていたそうで、崖の反対側のムジナ坂と呼応していたのかもしれません。

写真右側に見えるのは聖坂公園という小さな公園です。

見晴トンネル

山手の下をくり貫いて新山下と千代崎町を結ぶトンネルです。 たしかにトンネルがないとかなりの迂回を強いられるのですが、でもそんなに需要があるとは思えないのですが…。

その名の通り、このトンネルの真上あたりからの眺望は絶好です。

諏訪町のビール井戸

諏訪町にある北方小学校のビヤザケ通り沿いにあります。 キリン園公園より少し北(上)側です。

日本最初のビールはこの地の湧き水で作られたそうですが、この井戸は1895年から1901年まで使用されていた物だそうです。

キリン園公園

本牧側から山手の高台をゆるやかに登るビヤザケ通りの途中にあります。

小さな公園に麒麟麦酒発祥の地のとても大きな碑が立っています。

北方皇大神宮

本牧通りから少し入った西之谷町にありますが、元々は山手の高台にあって山手町から北方町にかけての鎮守様だったそうです。

けっして大きな神社ではないのですが、(普通の日の)私の散策や撮影中の短い時間に、こんなにも多くの参拝者に出会ったのははじめてでした。

グロブナースクエア

本牧原バス停目の前のビルです。 マイカル本牧の並びですが、厳密にはマイカル本牧には含まれないようです。 朝方まだ店がどこも開いてない時間でしたが、入り口だけ開いていたのでちょっと入り込んでみました。

ここの3階にすごくお得なランチが食べられる店があったのですが、まだ潰れずに営業しているかどうか確認できませんでした。

アメリカ坂

本牧通り沿いの本牧和田から、本牧山頂公園の西端と本牧荒井の広大な国有地の東端へ登って行く坂です。

アメリカ坂という名前は米軍による接収に関係する名前でしょうか。 比較的近所にハロー坂というのもあります。

滝の川

京浜急行の神奈川駅と仲木戸駅の丁度中間あたり、写真は京浜急行のガードの下を覗くように撮ったものです。 小さな川が幹線道路や少し離れて並行に走るJRや京浜急行の線路に挟まれ分断されています。

しかし、かつてこの辺りは東海道神奈川宿の中心だったところです。 往時を偲ばせるものは近辺に僅かしかありませんが、歴史の重みのせいか一種独特の雰囲気が感じられるところでした。

高札場

神奈川宿歴史の道沿い、京浜急行仲木戸駅(またはJR東神奈川駅)よりは神奈川駅寄りの、(神奈川区の)神奈川地区センターの脇にあります。

東海道神奈川宿の高札場が復元されたものですが、復元位置は本来高札場があった場所とは異なります。

浅間神社

横浜駅西口からもそう遠くない浅間町、第三京浜の三ツ沢出入り口へ入り込む上り坂が始まるところにあります。 元は東海道沿いの帷子川の河口にあたる場所です。

階段を登ると狭いところへ幼稚園まで同居していますが由緒は古く、崖の上からの見通しは良好です。

天神坂

日ノ出町駅の脇から野毛山公園へ崖沿いを登る坂です。 狭く歪んだ石段で、知らないと(上からも下からも)こんな所に道が通じているとはわからないような道なのですが、かなりの人通りもある道です。

材木商初代吉田勘兵衛が幕府の許しを得て伊勢佐木町やその周辺を埋め立てる時に、土を取った場所のひとつだそうで、それを記念する碑が立っています。

厳島神社

伊勢佐木町周辺を歩いていると目に止まるので、その脇の関内大通り沿いに大き目の鳥居が立っているのに気付いている人は多いでしょう。 鳥居には横浜弁天と掲げられています。

境内は半ば駐車場と化しているようにも見受けられますが、一角に小さな池がありそこの鳥居には銭洗い弁天社と掲げられています。

日本ガス発祥の地

桜木町の山側、音楽通り沿いの本町小学校の前にガス灯と碑があります。 明治のはじめ、高島嘉右衛門らによってガス事業が始められたことを記念して復元されているものです。

同じ主旨で、馬車道の関内ホール前にもガス灯が復元されています。

神奈川県警察本部

最近不名誉な話題ばかりで注目を集め続けている神奈川県警察本部。 みなとみらいの新港地区と山下公園方面の間の海岸通沿いと、絶好のロケーションに建っています。 この白亜の高層ビルを見覚えている方が多いと思いますが、つい最近まで県警はこの近くに凄まじく老巧化したビルに入っていました。 老巧ビルのままだったら叩かれ方も少しは違ったかも…。

長く近くに住み近くで仕事もしていると、殺人事件の捜査、泥棒、暴力団対策、ストーカー対策など、現場の警察官の方々が実に様々な局面で地道に活動しているのを見聞きしていますので、個人的には(普通の警察官の方々に対し)同情を禁じ得ません。

桜木町駅前

桜木町駅前みなとみらい側の空き地ですが、お花畑にしておくことを誰が思いついたのか、エライっ。

とある春の日、満開に気づいて途中下車してしまいました。 また、秋の花バージョンも撮ってみました(3枚目)。

久保山墓地

西区と南区の境界の尾根道から、直接はあまり見えないのですが、一歩踏み込むとこのような景色になります。

ともかくある意味で絶景に違いありません。 西区の南西の端の方にあります。

大原隧道

清水ヶ丘公園の下に通る、全長254メートルのトンネルです。 背が高めの男の人なら手を伸ばせば天井に手が届きます。

本来水道本管敷設のため昭和初期に掘られたもので、現在も水道本管が埋設されています。

東隧道

JR保土ヶ谷駅の東口からすぐのところにあり、少し先にある大原隧道と同時期(昭和初期)に同じ様式で作られたトンネルだそうです。

なかなか雰囲気のあるトンネルなのですが、大原隧道と異なり車が通り交通量も少なくないので、歩いて抜けるのは多少恐いかもしれません。

柏葉公園

小公園としてはかなり広さのある公園です。

一画にわりと大きなログハウスが建っていて、児童用図書館などの施設になっています。

善行寺

散策向きかどうかは別として、ともかく広く大きなお寺です。

山手駅から東側に尾根をひとつ越えたところにあり、次の尾根の上まで通じていますが、素直に通り抜けることはできません。

根岸米軍施設

地図や広報などでは単に米軍施設あるいは米軍根岸住宅などと表記され、口頭では根岸ベースと呼ばれることが多いようですが、入口には U.S. FLEET ACTIVITIES YOKOSUKA, YOKOHAMA DETACHMENT, NEGISHI NAVY HOUSING COMPLEX と表記されています。 直訳を試みれば、合衆国海軍横須賀進駐艦隊横浜分遣隊根岸住宅施設群とでもなるでしょうか。 別の見方をすれば、太平洋戦争後の進駐軍の接収が未だ解けていない所で、根岸森林公園を半ば囲むような形でその幾倍かの面積を占めています(大半は中区で、南区と磯子区にまたがる)。 世代によっては、かつてフェンスの向こうのアメリカとして憧れの的であったとも聞きます。

年に一度設けられる Friendship Day には一般人の立ち入りが許され(根岸森林公園に接した公的施設の並ぶ地区のみ)、設けられた簡易ステージの周りに縁日やバザーのような出店が並び、同時にバーベーキューパーティーのような雰囲気になります。 広大なこの施設のことを紹介するにはとても足りませんが、写真はすべてその時のものです。 実は他に面白い写真も撮れているのですが、場が場だけに人物中心になってしまっていて公開出来ません(ちなみに、2000年は日付が野毛大道芸と重なってしまっていました)。 雰囲気の断片だけでも汲み取って頂ければ幸いです。

六地蔵の坂

磯子区の北東の端の方、中区との境近くにあります。 日本ではじめて農家が栽培した西洋野菜を運んだ道とも言われています(JR根岸駅前の案内図による)。

坂の上は米軍施設になっているため、通り抜けることは出来ません。

東福院

野毛山の東福寺とは異なります。 本牧間門の近く、本牧荒井の広大な国有地を背負うような位置にあります。

六地蔵というのは昔、六辻のようなところに設けられたものだと聞いたことがありますが、間門という地名とあわせて私には興味のわくところでした。

錦町

ううむ。こんなところもあるのか…。

50mくらいにわたって続くコンテナには人の気配も…。

かもめ町

こんなところを徒歩で一周した人は数少ないだろうなぁ〜。 釣り竿を持って自転車に乗るおじさんにつられて果てしなく歩いて行ったら…、向かい側にはプロアトラス98にまだ載っていない埋め立て地がありました。 万一落ちたら泳ぎが達者な人でもどうにもならないような気がするのですが、夫婦で来ていて奥さんが子供を抱えて腰掛けている…なんて姿もありました。

水は淀んで汚く見えましたが、他にも選択肢があろうものをわざわざここへ来るというのは良く釣れるのでしょうか。 ここで釣った魚、私は食べたくないぞ。んっ、余計なお世話かっ。

戻る 横浜中心部徹底散策 トップページ