日頃の横浜中華街#2

C-2100UZ
2000/12/7
中華街大通りの店先のせいろ

数なくとも今のところ嗅覚に訴える商法にはお目にかからないが、軒並みそんなことをしたら凄まじいことになりそうだ。 その代わりというか、店先のせいろで盛大に湯気を出しているところが多い。 そんな湯気を絡めた写真を撮りたいとは思うのだが、なかなかうまくいかない。 この写真ではたまたま、栗を頬張ったらしい女性とサングラスにくわえ煙草の男性が写ったのが幸運だった。

C-2100UZ
2000/12/7
午後の香港路

香港路は道幅が凸凹で微妙に段違いになっていたりするが、この辺の道幅が一番広いようだ。 ここだけ見たら、路地と呼んでは可哀想かも知れない。 道端で売っているのは、油条など中華風の菓子パンのようだが、売り方が中華風でないのがかえって面白い。

C-2100UZ
2000/12/7
市場通りのキムチ店

中華街と言いながら、韓国の物産も売られているのを結構目にする。 もっとも最近出来た新しい雑貨店の場合には、原産国にほとんど拘りがないようだ。 但し料理店についてはそうでもなくて、焼き肉屋はあっても韓国料理店は見ない。 ベトナム料理店などもあれば嬉しいのだが…。 しかしこの見事な雛壇、毎日並べるのはたいへんそうだ。

C-2100UZ
2000/12/5
関羽像

関帝廟の主神、三国志に登場する武将である。 三国志演義では、張飛と共に義兄弟の契りを結び、劉備玄徳に最初に従ったことになっている。 諸葛孔明と合わせ主役級の一人だから日本人にもファンは多い。 日本人同様中国人にも神様は沢山いて、関羽は孔子と並んで最もメジャーな信仰対象だ。 どうして関羽がと思うかもしれないが、菅原道真が天神様になったのと同じである。 また関羽は簿記を発明したとも言われ、それ故に商売の神様でもあるわけだ。 こちらの方が中国人に信仰される理由として説得力があるかもしれない。

C-2100UZ
2000/11/28
地蔵王廟の内側

廟は閉まっていることの方が多いが、開いていることもある。 それ以前に地蔵王廟の敷地自体に入れない時もある。 そう大きな建物ではないのだが、中に入ると圧倒されるというか、人を厳粛な気分にさせる重みがある。 ここを見てしまうと関帝廟はむしろ現世的に感じられてしまうが、それも当然のことだろうか。 あるいは関帝廟より地蔵王廟の方が日本人の感覚に合うのかもしれない。

C-2100UZ
2000/11/28
地蔵王廟の中華風鳥居

当然かもしれないが中華街そのものよりも、ここ地蔵王廟の方が中国を強く感じる。 ここもたいした広さのあるところではない。 住宅街の脇道を入るとこの鳥居があり、潜ってすぐ長い階段、それを登り切ると廟があり、裏手は墓地になっている。 関係者以外の立ち入り禁止との注意書きもあるのだが、なんにせよ浮ついた物見遊山で出かけては貰いたくないところだ。

C-2100UZ
2000/11/22
横浜中央病院の裏あたりの氷屋さん

日本人はどういうわけか道に名前を付ける習慣が薄いらしい。 中華街も外れの方になると道には名前が付いていないか、あるいは知られていないようだ。 そういうところを歩いても、結構面白いものを目にすることが多い。

C-2100UZ
2000/10/30
南門通りの雑貨店群

南門通りには中華料理店は多くないが、かわりに雑貨店が数多く軒を並べている。 エスニックな雑貨店が成功したのに倣ってか各種雑貨を扱う店が続々と開店し、中国風というよりアジア的な雰囲気が醸し出されている。 かと思えば、元町側の朱雀門のあたりはまだ元町の雰囲気を引きずっているし、中程では修学旅行用の土産物みたいな雑貨を売る店が目立つ。 変化の激しい中華街の中でもまだまだ激しく変わり続ける場所だろう。

C-2100UZ
2000/10/08
横浜中華学院の校門から長安道を望む

横浜中華学院は、中華街大通り・長安道・関帝廟通り・中山路に囲まれたブロックの内側にあり、中華街大通りを除く3本の通りにそれぞれ校門がある。 そのうち長安道沿いの校門は、まるで城門のよう。 左右の建物が分厚い城壁である。 なお、山下町のこの横浜中華学院の他に、元町を挟んだ向こう側の山手町にも横浜山手中華学校というのがある。 前者が中華民国系、後者が中華人民共和国系だそうだが、横浜中華街では仲良く共存しているように見受けられる。

C-2100UZ
2000/9/30
上海路の花屋さん

ともかくそこはかとなく中国風である。 上海路はまだ料理店などに埋め尽くされていないので、秋ともなれば夕闇がいち早く訪れる。 この花屋さんのあたりだけが華やいで見えた。 そういえば中華街の広さの割に、花屋さんは少ない。 その隣は美容院だがこれも少ない。 いずれの業種も競争が激しい隣の元町に押されてしまっているのかもしれない。

C-2100UZ
2000/9/27
横浜中華学院校庭の中華獅子舞練習風景

関帝廟の廟前からだと、横浜中華学院の校庭を見下ろす形で僅かに覗くことが出来る。 9月末、国慶節や双十節が目前に迫っている時期、ふと覗くと中華獅子舞の練習をしていた。 横浜中華学院の生徒達は、お祭りの時には様々に活躍するが、年齢毎に大凡の役割が決まっているように見える。 この年頃の男の子達だと、演技として行われる中華獅子舞や中華獅子舞がお店を回る採青などで、鳴り物の楽隊を務めていることが多い。

C-2100UZ
2000/8/17
地蔵王廟の正面

これは地理的には中華街ではない。 中華街は横浜市中区山下町だがここは中区大芝台、石川町駅を挟んでずっと向こう側の高台にある。 中華義荘あるいは南京墓地とも呼ばれる。 中国人のための外人墓地、とても静かなところだ。

C-2100UZ
2000/8/12
市場通りについ最近まであったディスプレイ

中華街では、作り物あるいは被り物の頭を良く目にする。 おかめひょっとこのようなものなのだろうか。 男女の頭の他に、豚の頭の場合も多い。 市場通りから凄く狭い路地(台南小路)へ入り込む角で、普段営業しているようにあまり見えなかったが、制服の店らしい。 ここの物は胴体が付いて4体も並んでいるばかりか、普通見るのとだいぶ違っていたのだが、ごく最近見ると店の中がからっぽになっていた。

C-2100UZ
2000/8/12
早朝の中華街大通り

真夏の午前5時過ぎ、朝日を撮りに行った山下公園からの帰りがけに撮った中華街大通りである。 中華街は活動開始の早い街ではないから、この時間はまだ烏の天下である。 人影があるのは珍しいが、中華街と山下公園の間、朝陽門からそう遠くないところにディスコ(クラブ?)があるから、そこからの朝帰りだろう。 実はこの女性、このカットの直前までは歩きながら両手が踊っていたのだが…。

C-2100UZ
2000/8/9
関帝廟から見たマリンタワー

中華街を歩いていると、不意にマリンタワーが頭を覗かせることがある。 この写真は関帝廟の廟前の高いところから海側を見ているので、マリンタワーもよく見える。 手前は中山路沿いのちょっと変わった料理店2階とテラス。

C-2100UZ
2000/8/9
夕方の香港路

中華街には路地が多い。 路地の途中や突き当たりなどにもぽつんと店のあることも多いが、ここの場合逆に料理店が路地をほぼ埋め尽くしている。 中華街の路地の中ではかなり広い方だが、中華街に慣れない人が異界に踏み込んだ気分になるにはここ香港路が最適だろう。 しかし有名な店も多く、最近は少々減ったものの目立って安い店も多かった。 意外かもしれないが、この路地での店の移り変わりも激しいので、新しい店も実は結構多いのである。

戻る トップページ