日頃の横浜中華街#1

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2000/7/29
関帝廟通りと子供観光客

関帝廟通りの天長門近くから撮った。 修学旅行とおぼしい学生の制服姿が目立つことはあるが、小学生っぽい子供の集団を中華街で目にするのは珍しい。 中華饅頭や点心を立ち食い出来るように道端で売る店も多いし、様々な小物雑貨を売る店もあるので、お小遣いはいくらあっても足りなくなりそうだ。

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2000/7/28
蘇州小路の倉庫兼事務所

南門通りから海側にバイパスする短い道にも、最近は雑貨店が軒を並べ始めた。 その一角に、利用されているのかいないのかわからない建物が健在だ。 私などは、この手の正体不明の建物が散らばっている方が中華街らしさを感じてしまうのだが、どんなものだろうか。

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2000/7/3
洗手亭

これでもお手洗い、即ち公衆便所である。 長安路の北側の端ロイヤルホールの近く、善隣門脇の客待ちのタクシーの列の先の方へ歩いていけばある。 綺麗に管理されていて、善隣門からもそう遠くないので、ご用の節はどうぞ。 但し綺麗なかわり、建物の大きさの割には収容力はいまいちかもしれない。

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2000/7/3
天長門

関帝廟通りの東側の端に立つ。 突き当たりの通りは南門通り。 この辺りは元々それほど繁華な感じではなかったのだが、中華街には珍しく大きなビルが並び始め、店が通りを埋め尽くしつつある。

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2000/6/18
長安道のチャイナ服店と外国人男性

多少昔の話だが、以前は女性がチャイナ服を求めたいと思っても買える店を探すのが困難なほどだった。 それが今ではチャイナ服店だらけである。 またこの写真にはたまたまアメリカ人らしき外人男性が写っている。 あまり知られていないが、かつて中華街には朝鮮戦争の復員軍人が多く不動産を買って住み着いたそうだ。 この人は単なる観光客かもしれないが、あるいは復員軍人の二世だったりするかもしれない。 そんな雰囲気の男性である。

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2000/6/18
関帝廟前の雑貨店群

関帝廟の向かい辺りに、雑貨店が並んでいる。 中華街の店の場合、たいていは店毎にどんなに小さくても独立した建物になっているのだが、ここは小さな店が中に犇めいていたり、2階3階が別の店になっていたりする。 以前は雑貨店といっても中国の物産やおみやげを売る店がいくらかあっただけだが、多種多様な雑貨店が年々増えている。

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2000/6/18
香港路を中華街大通りから望む

中華街大通りから香港路に入り込むところである。 香港路は抜ければ関帝廟通りに出るし、左右の更に狭い路地に入り込むという手もある。 左角に見えるのは屋台の甘栗屋さんだが、ここのところの甘栗ブームで店先や路上で甘栗を売る店があっという間に増えた。 中華街は移り変わりの早い街だけに、流行に反応するのもとても素早いのである。

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2000/6/18
市場通りの青果店

市場通りは、その名の通り食材や調理器具などを商う店の目立つ通りである。 しかし、中華街の店の入れ替わりは非常に激しい。 こんな激しく移り変わる街は他にないのではなかろうか。 そんなわけで、最近は中華料理や点心の店の占める割合がどんどん増えてきているようである。

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2000/4/28
関帝廟

現在の関帝廟は1990年に再建された、ひときわ豪華絢爛の4代目。 ありとあらゆるところに精細な彫刻など細工が施されている。 朝早くに行くと(時間によってはまだ入れないけれども)、廟に詰めている人達が関帝廟中のそこかしこを磨きたてているのに出会う。

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2000/4/1
横浜中華学院の校庭から見た夕刻の関帝廟

横浜中華学院(の校庭)は、四方を中華料理店などの建物に囲まれていて、そのブロックの一角に関帝廟がある。 イベント会場にでもなる時以外は部外者は横浜中華学院には入れないし、門が開いていたとしても入り辛い。 しかしある日、関帝廟の側面が夕日に照らされた姿に引き寄せられ、ちょっとだけ入り込んで撮らせて貰った。

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2000/3/11
市場通り門(北側)

中華街には7種9基の牌楼(パイロウ)…門が立つが、市場通りの両側に立つ門には個別の名前が付いていない。 これは市場通りの北側、中華街大通りに面して立っている方。 ちなみに、市場通りの中華街大通りの向こう側の延長上の僅かな部分は、北京小路と道が名前を変える。

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2000/1/29
延平門(西門)

石川町駅北口のすぐ近く、西門通りの端に立つ。 柱の頂上には白虎が彫られている。 中華街を訪れる人の過半はこの門を潜る。 両側は共に公立の高校と中学校だが、そのすぐ先からいわゆる中華街である。

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2000/1/26
朱雀門(南門)

南門通りの端に立つ。 朱雀門の向こう側は、中村川にかかる前田橋を挟んですぐに元町だ。 なお「すざく門」と読みたいところだが、各種案内などでは「すじゃく門」となっている。 柱の頂上に彫られているのは、もちろん朱雀である。

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2000/1/18
地久門

関帝廟通りの西側の端、五叉路を貫く長安道に面して立つ。 西側から良く陽が当たるのだが、すぐ手前の交通標識が邪魔をするので、見上げて月と一緒に撮ったものを選んだ。 この脇には、横浜中華学院が一角を占めているが、道沿いの1・2階部分は中華料理店になっているように見えるので、学校があるとはなかなか気付かないかもしれない。

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2000/1/18
玄武門(北門)

この写真で背中の側は横浜公園。 関内駅から中華街を訪れる人の多くが玄武門をくぐる。 北門と言うがだいぶ西寄りで、この門に陽が当たるのは夕方だけだ。 写真には写っていないが、柱の頂上には玄武(亀)が彫られている。

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1999/12/30
CHINA SQUARE から中華街大通りを望む

だまし絵の白龍館や数多くの雑貨店が入ったビル、CHINA SQUARE は、比較的新しい。 中華街大通りからだいぶ引っ込んで立っている。 地所さえあれば利用せずにはいられない感のある中華街で、これだけの空間が開けられているのはむしろ違和感を感じるほどだ。 その CHINA SQUARE 前の空間から、年の瀬の中華街大通りを望んだ。

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